攻城団ブログ

日本の歴史をまるごと楽しむためのブログ

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お城や戦国時代に関するいろんな話題をお届けしていきます!

明智光秀と太原雪斎――あるいは光秀と軍師

今川義元、徳川家康とふたりの偉大な戦国大名を育てた太原雪斎はこの時代、屈指の軍師ともいわれています。軍師といえば、秀吉には竹中半兵衛や黒田官兵衛といった軍師がいたのに、光秀にはいなかったのでしょうか。

『柳生非情剣』『柳生刺客状』ーー柳生を通して描いた時代

柳生一族が何度も登場する隆慶一郎の作品ですが、柳生をテーマにした短編集もあります。どちらかというとヒール(悪役)な立場に置かれがちな柳生の人々にもきちんと光を当てて、その人間的な魅力がいくつもの作品で紹介されています。

5.支配者としての大名たちの苦悩

自らの領地の支配者でもあった大名は江戸幕府からの理不尽な要求に耐えながらも、家を残すために創意工夫をもって奔走していました。

4.江戸幕府のシステムに縛られた外様大名

参勤交代、御手伝普請(天下普請)など、大名たちには江戸幕府からの大きな負担がのしかかっていたようです。

江戸城での控室は家格によってちがうらしい

江戸時代、将軍に拝謁するために登城した大名たちはその家格に応じて控えの間にも差がつけられていました。

3.戦国大名から外様大名へ

江戸時代に入り、戦国大名には格付けがおこなわれ、とくに「関ヶ原の戦い」の前後に徳川家に臣従した大名たちは外様大名として扱われることになります。

2.織豊政権期のパラダイム転換

織田政権、豊臣政権の下での大名を「織豊大名」(あるいは織田大名・豊臣大名)と呼んだりしますが、これは戦国大名が強大な権力の支配下にあるという点で、江戸時代の大名は織豊大名を踏襲していると考えられます。

1.戦国大名の誕生

武士の誕生から武家の形成、そして戦国大名が登場するまでの流れをまとめています。

明智光秀と足利義輝――あるいは幻の主従関係

足利義輝は剣豪・塚原卜伝から指導を受けた直弟子であり「剣豪将軍」ともいわれますが、個人の武威だけでは乱世を治めることはできなかったようです。なお彼はわずか11歳で将軍職についていますが、父・義晴とともに何度も坂本や朽木谷に逃げており、将軍宣…

「氏」と「家」のちがい、武家の広がりについての基礎知識

「織田氏」と「織田家」はどうちがうのかをおおまかに説明してみます。もともとは源氏や平氏などかぎられたルーツでしたが、江戸時代には434家もの大名家につながっています。

「麒麟がくる」第14回に登場した緒川城はどんなお城か

大河ドラマ「麒麟がくる」第14回に登場した緒川城(正確には緒川古城)はどんなお城かを紹介します。

『死ぬことと見つけたり』――『葉隠』から見出された武士のアーキタイプ

偉大なる作家はどんなことからもインスピレーションを受けるもので、カモフラージュ用の『葉隠』からこのような作品が生まれるとは。

明智光秀と稲葉一鉄――あるいは光秀謀反の引き金を引いた男?

すでにドラマでは斎藤義龍とともに反・道三の中心的人物になっている稲葉一鉄ですが、父と5人の兄たちが全員そろって浅井亮政との戦いで討死したため、急遽還俗して稲葉家を継ぎます。なお幼少時は快川紹喜のもとで学んでいたともいわれ、もしそれが事実なら…

『花と火の帝』――武力に対するは呪力

徳川幕府に抵抗しつづけた後水尾天皇が登場する作品。未完で終わってしまったのがなんとも残念です。

明智光秀と羽柴秀吉――あるいは「二人の余所者」

ドラマの最後を彩るはずの好敵手がついに登場です。ふたりは若い頃に各地を放浪し、また織田家に仕えると譜代の家臣をごぼう抜きしていくなど共通点が多いです。これからのドラマがますます楽しみになりましたね。

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