攻城団ブログ

お城や戦国時代に関するいろんな話題をお届けしていきます!

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は⑨――徳川本隊を釘付けにした城――上田城(第二次上田合戦)

伏見城や大津城が西軍を足止めしたように、東軍主力の本戦参加を足止めしたのが上田城であり、その戦いが有名な第二次上田合戦です。この戦いがなければ大坂の陣での活躍含め、真田の名前が後世に残ることもなかったでしょうから、一族にとっても意味のある…

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は⑧――関ヶ原の戦い当日まで持ちこたえた城・大津城

彦根城を築城する際、家康は落城しなかった縁起のいい城ということで、この大津城の天守を移築するように命じたそうなので(そのエピソードが事実なら)、やはり関ヶ原の戦いでの勝利に大きく貢献したと家康は評価していたのでしょう。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は⑦――囮としての役割を果たした城・伏見城

会津征伐のために徳川家康が大坂を留守にして、その隙に石田三成が挙兵すると徳川方の伏見城を攻め落とす、というこの関ヶ原の戦いにいたるストーリーってどこまで本当なんでしょうね。あまりに出来すぎているというか、単純すぎるというか。 ちなみにこの戦…

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は⑥――武田信玄・上杉謙信を撥ね除けた城・小田原城

かつて上杉・武田を撃退したという成功体験がのちの判断ミスにつながったとも言えますが、今回の話についてはそれぞれの戦いの背景というか、北条氏の同盟関係が変化していることに注目ですね。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は⑤――独眼竜の攻撃に晒された城・二本松城

この人取り橋の戦いにおける伊達政宗のラッキーは、非常にピンチの状態で武田信玄や上杉謙信が亡くなった織田信長のラッキーに似てますね(暗殺説もあるようですが)。ともあれ歴史に名を残すのに運は必要ということでしょう。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は④――北九州の防波堤になった城・立花城

大友氏を裏切った立花鑑載は父を大友宗麟に殺されているので、その恨みもあったようです。後詰にかけつけた援軍が、自領のピンチによって撤退しなければならないという経緯は上月城の戦いに似てますね。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は③――落ちなかった支城・長谷堂城

慶長出羽合戦の舞台として有名な長谷堂城ですが、もともと庄内地方をめぐっての上杉景勝と最上義光の争いがあり、それが関ケ原の戦いの際に顕在化したとも言えます。攻め手の直江兼続は長谷堂城付近で刈田狼藉をおこなって挑発したようですが、守将の志村光…

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は②――耐えて状況を動かした城・月山富田城

尼子経久によって拡張され難攻不落の要塞と名高い月山富田城ですが、大内義隆らに責められた第一次は防衛に成功したものの、大内氏滅亡後に毛利元就が攻めた第二次では兵糧攻めに敗れ、尼子氏は滅亡することに。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】城の役目は①――理想的な籠城戦で持ちこたえた城・吉田郡山城

のちに毛利輝元が広島城を築いて移るまで、長年にわたり毛利氏の居城として使われた吉田郡山城ですが、山全体を要塞とする規模になったのは元就の晩年で、尼子氏を撃退した当時はまだ拡張前だったようです(一部の拡張がはじまっていたとも)。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】名城・名勝負ピックアップ⑩――戦うことなく炎に消えた城・安土城

近年、織田信長についてはそれほど革新的ではないとか、むしろ幕府再興を目指した当時の価値観でも保守本流であるといった再評価が進んでいますが、こと美術的な観点ではやはりこの桃山文化を育んだことは偉大だなと思います。豪商との結びつきや海外交易な…

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】名城・名勝負ピックアップ⑨――見捨てられた城・上月城

侵略した土地を支配するためには大義名分が必要であり、そのためにも尼子氏の再興は妙案だったのですが、三木城が敵方になった以上、当時の秀吉の権限と兵力ではどうにもなりませんでした。それ故にあの無残な干殺しになったかはわかりませんが。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】名城・名勝負ピックアップ⑧――名将が命をかけて立て籠もった城・岩屋城

もっとも苛烈な籠城戦のひとつとして知られる岩屋城の戦いですが、父を救援したいと訴える立花宗茂の代わりに援軍として加勢した吉田兼正(吉田左京)らもあっぱれでした。彼らは高橋紹運と運命をともにしましたが、その遺族は宗茂により保護されたそうです。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】名城・名勝負ピックアップ⑦――外交交渉で裸にされた城・大坂城

大坂の陣のいきさつは「真田丸」でご覧になられた方も多いと思います。徳川方が和睦の条件である「惣堀(惣構えの堀)」を都合よく「総堀(すべての堀)」と解釈してだまし討ちのように埋め立てたと紹介されてきましたが、じっさいにはこの工事をめぐってト…

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】名城・名勝負ピックアップ⑥――水攻めに耐えた城・忍城

忍城の戦いは日本三大水攻めのひとつに数えられるほど有名な籠城戦ですね。ちなみに文中の氏長夫人は太田資正の娘らしいのですが、甲斐姫の母親は由良成繁の娘だそうです。

【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】名城・名勝負ピックアップ⑤――勇ましくも美しき女武将の活躍した城・安濃津城

いくつかある女武者のエピソードの中でもこの富田信高夫人の話は素敵ですよね。でも自分の城を捨ててまで救援に駆けつけた分部光嘉もカッコいいと思います。 ちなみに家康が信高と光嘉を先行して帰還させたのは津が交通の要衝だからですね。

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