攻城団ブログ

お城や戦国時代に関するいろんな話題をお届けしていきます!

【江戸時代のお家騒動】黒田騒動 忠臣の中の忠臣・栗山大膳、命懸けの直訴

この黒田騒動は私利私欲ではなく忠義から起こしたお家騒動という点でかなり特異なケースですが、栗山大膳のような忠臣がいたということが黒田家のすごさなのかもしれませんね。

【お城の基礎講座】79. 江戸時代の築城

今回は元和偃武後(武家諸法度による新規築城が禁止されて以降)に築かれたお城についての解説です。まったく築かれなかったかというとそんなことはなく、明石城や福山城などけっこう新築もあるのです。

熊本城の夜間公開にいってきました(12/6まで!)

現在、熊本城でおこなわれている夜間公開にいってきました! ちょうど本丸の大銀杏も紅葉が見頃でしたよ。

【江戸時代のお家騒動】⑥殿様VS門閥譜代家臣の戦い

古参と新参、ベテランと若手、よくある対立構造ではありますが、とくに藩主交代など代替わりのタイミングではその対立が顕在化しやすいようですね。

【お城の基礎講座】78. 武家諸法度(ぶけしょはっと)

今回は「武家諸法度」についての解説です。武家とはいえ(旗本御家人は含まず)基本的に大名を対象にした法令で、その内容は将軍が交代するたびにアップデートされました。

明智光秀と覚恕法親王――あるいは比叡山焼討ちの真実

織田信長により比叡山焼き討ちに遭った天台座主・覚恕は正親町天皇の弟です。中立の立場を守らず朝倉・浅井連合軍を比叡山にかくまったことが理由とのことですが、なぜ比叡山は信長に敵対したのか、そこには複雑な事情がありそうです。

【江戸時代のお家騒動】野村騒動 家臣間の些細な嫉妬が理不尽な移封にまで結びつく

妬み嫉みが事件の引き金になることは現代でもよく見られますが、この桑名藩で起きた野村騒動はまったくの冤罪であるにもかかわらず一族までが死刑となってしまった悲劇です。

【お城の基礎講座】77. 一国一城令(いっこくいちじょうれい)

今回は「大坂の陣」後に発令された「一国一城令」についての解説です。一国一城といいつつも、伊予国には大洲城・松山城・宇和島城と大名ごとに城の領有を認められるなど、けっこう例外があります。でもそのおかげでふたつの天守が現存しているので、例外に…

特別展「桃山─天下人の100年」の後期展示を見てきました

トーハクの特別展「桃山─天下人の100年」の後期展示を見てきました。前期を見た人も見てない人も都合がつくならぜひ見てきてほしい特別展です!

【江戸時代のお家騒動】延宝の郡上騒動 農民も巻き込んだ藩を二分する大騒乱

藩財政が苦しいときの対応として年貢を上げるか(増税)、武士の給与を減らすか(コストカット・リストラ)はどの藩も苦しい選択を迫られていますが、必ずしも増税反対が正義というわけでもないのでむずかしいですね。

【現在493城!】全国の御城印(お城版の御朱印)を販売しているお城の一覧

全国で御城印や御朱印風の登場記念符を配布(販売)しているお城の一覧です。随時更新中で御城印情報がどこよりも詳しくまとまっています。

【お城の基礎講座】76. 江戸時代・慶長期(けいちょうき)の築城ブーム

今回は「関ヶ原の戦い」のあとに起こった築城ブームについての解説です。大大名が各地に誕生したこともあり、また天下普請によって築城技術がシェアされたため、全国的に巨大な城がたくさん築かれました。姫路城などもこの時期に大改修されて、現在も残る天…

黒まめさんのオンライン研究会「躍動する熊野の武士団」参加レポート

団員の黒まめさんがオンライン研究会「躍動する熊野の武士団」に参加されたそうです。さっそくレポートを書いていただいたので紹介します。

【江戸時代のお家騒動】お下の乱 強大化した重臣と藩主の意地が軍事衝突

以前も人吉藩の「竹鉄砲事件」を紹介しましたが、これはそれよりさらに前に起きた筆頭家老・相良清兵衛の専横によるお家騒動「相良清兵衛事件(=御下の乱)」です。舞台となった屋敷跡に現在、人吉城歴史館が建てられており、謎の地下室が発見されました。

【お城の基礎講座】75. 織豊系城郭(しょくほうけいじょうかく)

今回は織豊系城郭(しょくほうけいじょうかく)についての解説です。現在のお城のイメージそのものを形作ったともいえるのが信長と秀吉です。みなさんは記事で紹介しているお城のうち、いくつを攻城済ですか?

明智光秀と筒井順慶ーーあるいは日和見は真実か否か

筒井順慶といえば「洞ヶ峠」の故事として知られていますが、じっさいには光秀が順慶を威嚇、牽制するために洞ヶ峠に布陣したという説もあるそうです。ともあれ京に近い大和にいながら積極的に行動しなかったことは事実で、日和見主義の代名詞となってしまい…

【江戸時代のお家騒動】蒲生騒動 藩主夭逝が藩内の混乱を招く悪循環

信長に愛され、秀吉からも重宝された蒲生氏郷は伊達政宗より10歳ほど年上なので、抑え役としては適任だったのでしょう。しかし家康の娘を嫡男の正室に迎えても近世大名として存続できなかったというのは、いかに藩を治めることがむずかしかったかを表してい…

【お城の基礎講座】74. 中世城郭(ちゅうせいじょうかく)

今回は中世城郭についての解説です。基本的に戦国時代のお城は避難用の山城と平時の居館のセットでした。だいたいは山城の名前が残ってるんですが、たまに「躑躅ヶ崎館」のように居館のほうが有名になってるケースがありますね。

【江戸時代のお家騒動】最上騒動 3代にわたる改易への根深い藩内対立

最終的に改易となってしまった最上家も、親子そして一族内の権力争いがお家騒動に発展したものでした。ただしこの騒動ではクーデターを起こした側の楯岡光直は細川家で厚遇され、山野辺義忠ものちに水戸藩の家老になるなど破格の扱いを受けているので藩主・…

【お城の基礎講座】73. 城の歴史・古代

今回は環濠集落や城柵など古代の城についての解説です。お城の定義というのはじつにややこしくて、平安京や吉野ヶ里遺跡のような大規模なものも「城」と呼ぶことがあります。

【江戸時代のお家騒動】⑤内乱すれすれの大規模闘争

江戸時代のお家騒動は取り潰しを免れるため小規模で終わるものがほとんどでしたが、ときに誰にも制御できぬまま大規模闘争に発展してしまったケースがあります。

【お城の基礎講座】72. グスク・沖縄の城

今回は沖縄のグスクについての解説です。前回のチャシとともにグスクは異文化の中で発展したお城として知られますが、グスクの石垣には琉球石灰岩が使われるなど、その土地の地形や資源を活かしてつくるという点は本土のお城と共通ですね。

明智光秀と浅井長政ーーあるいは「不安」が背中を押したのか?

浅井長政の裏切りの一報が入ったとき、信長は最初これを信じなかったそうですが、明智光秀のときは「是非に及ばず」と語ったと伝わっており、このへんにふたりに対する信長の評価や思い入れが表れているのかもしれませんね。

【江戸時代のお家騒動】竹鉄砲事件 人吉藩の勝利者なき内ゲバ闘争

藩主の一門と家老たち重臣はたびたび衝突しましたが、なかでも人吉藩・相良家で起きた「竹鉄砲事件」は藩主の暗殺を家老が隠蔽するというひどいものでした。結果として、相良家の血統は断絶してしまうことになります。

【お城の基礎講座】71. チャシ・北海道の城

今回は北海道にあるチャシについての解説です。アイヌ民族の城とされますが、じっさいには戦うための場所だけでなく、祭祀をおこなう聖域でもあったようです。

戦国時代、最大規模の合戦は?

戦国時代には日本各地で行われた合戦のうち、最大規模はどの合戦だと思いますか?

【江戸時代のお家騒動】小姓騒動 主家乗っ取りを企む家老の欲望と顛末

小姓上がりの家老が専横を極めるというのはわりとよく聞く話ですが、磐城平藩内藤家の家老・松賀族之助が起こした一連の騒動はかなり度を超えていたようですね。

【お城の基礎講座】70. 白い城と黒い城

今回は白い城と黒い城についての解説です。あくまでも防火・防腐技術のちがいなのですが、いまでもテレビでは黒=豊臣系、城=徳川系と紹介されることが多いですね。でも秀吉の聚楽第や名護屋城も白い天守だった説があるんですよ。

記念誌「諏訪の浮城 高島城すべて」をいただきました

高島城で販売されている記念誌「諏訪の浮城 高島城すべて」を諏訪地域振興局さんから献本していただきました。

【江戸時代のお家騒動】庄内藩・酒井忠重のお家乗っ取り 暴君の野望恐るべし!

徳川四天王の筆頭・酒井忠次の孫であり、酒井忠勝の弟にあたる忠重はなかなかエキセントリックな人物だったようで、主家の乗っ取りを画策しました。その後、2万両の手切れ金で追い出されたものの何者かに襲われて殺されています。

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する