攻城団ブログ

お城や戦国時代に関するいろんな話題をお届けしていきます!

【歴代征夷大将軍総覧】文室綿麻呂――蝦夷征伐の最後を飾った将軍 765年~823年

朝廷と東北・蝦夷との戦いにおいて、武力で貢献してきたのが征夷大将軍(征夷将軍)でした。その最後を飾るのが文室綿麻呂です。

大阪城のなんちゃって御城印を自作してみた

大阪城は「公式には」御城印がなく、朱印風のスタンプがあるのみですが、そのスタンプを使ってオリジナルのなんちゃって御城印をつくってみました。

【現在611城!】全国の御城印(お城版の御朱印)を販売しているお城の一覧

全国で御城印や御朱印風の登場記念符を配布(販売)しているお城の一覧です。随時更新中で御城印情報がどこよりも詳しくまとまっています。

大阪城で公開されている豊臣時代の石垣を見てきました

豊臣石垣公開プロジェクトによる石垣の一般公開に運良く参加できたので、その様子をレポートします。 動画と写真もたくさん撮ってきたので少しでも当日の状況が伝わればうれしいです。

【歴代征夷大将軍総覧】坂上田村麻呂――あまたの伝説に名を残す、武士の象徴 758年~811年

征夷大将軍の象徴として知られる坂上田村麻呂はその功績もさることながら、多くの伝説が残っています。その死後は信仰の対象となり「王城鎮護」や「平安京の守護神」など最大級の賛辞を送られています。

バカバカしいけどおもしろい、もしもYahoo!ニュースで「本能寺の変」が紹介されたら

もし戦国時代にYahoo!ニュースが存在していたら「本能寺の変」をどんなふうに伝えたかという妄想記事なのですが、これがじつにおもしろかったのご紹介します!

【歴代征夷大将軍総覧】大伴弟麻呂――名門出身の「最初の将軍」 731年(722年とも)~809年

最初の征夷大将軍である大伴弟麻呂が何を成し遂げたのか、そしてなぜ彼が選ばれたのかについて紹介します。平安京へ遷都した桓武天皇の時代の話なんですね。

明智光秀と榎本秋――あるいは麒麟は来たのか(「麒麟がくる」と過ごした一年を振り返り)

一年あまりの連載を振り返って、榎本先生にコメントをいただきました。大河ドラマ「麒麟がくる」そしてこの連載を楽しんでいただけましたか?

明智光秀と森蘭丸――あるいは本能寺の変という終わり

信長の小姓として「本能寺の変」で運命をともにした森乱丸ですが、障子を信長に閉めてくるように命じられた際に(信長に恥をかかせぬよう)閉まっていた障子をいったん開けてから、音を立てて閉めるなど、度を超えた忠実ぶりを発揮した逸話が残っています。

【歴代征夷大将軍総覧】古代の将軍たち

史料に見える最初の征夷大将軍は大伴弟麻呂です。彼の部下が有名な坂上田村麻呂なのですが、今回は征夷大将軍という役職が生まれた経緯について紹介します。

明智光秀と誠仁親王――あるいは「本能寺の変」の当事者

誠仁親王は正親町天皇の第一皇子です。信長が自らの居館としていた二条新御所を譲られ居住していたのですが、本能寺の変の際にはこの館に信忠が立て籠もったため、巻き込まれることになります。非常時とは言え、親王の邸宅に押し入っちゃえるほど織田家の権…

【戦国時代の境界大名】柳生氏――めまぐるしく変わる情勢の中、一芸に活路を見出す

大和国における二大勢力に挟まれた柳生氏は境界大名と呼ぶにはあまりに少勢力ですが、徳川家康から秀忠、家光と三代にわたり重用された柳生宗矩のときに大和柳生藩1万2500石の大名にまで出世しています。 剣豪と呼ばれた人物の中で大名にまで出世したのは宗…

【戦国時代の境界大名】松浦氏――海外との窓口ゆえに苦しむも……

松浦党とも呼ばれた海賊は戦国大名・松浦氏となっていきます。実利主義的だった松浦氏はほかのキリシタン大名と異なり、キリスト教に興味はなく南蛮貿易の旨味だけを求めたのですが、これにより領内の仏教勢力との対立が生じてしまいました。

明智光秀と荒木村重――あるいは「織田を見限った男」たち?

明智光秀より早く、信長に謀反を起こしたのは松永久秀だけではありません。 摂津・有岡城の荒木村重もそのひとりです。光秀の長女(お岸)が村重の息子・村次に嫁いでいたので、以前光秀が寝込んだ際に駆けつけたときも「荒木の父上が許してくれた」と話して…

【戦国時代の境界大名】宗氏――朝鮮半島との交渉・貿易を独占した一族

宋氏はいわば日本と朝鮮の境界大名でした。とくに秀吉から無理難題を突きつけられた際は国書を改ざんしてまで関係を取り繕おうとしたのですが、のちにそのことが露見して対馬藩は最大の危機を迎えます。

【戦国時代の境界大名】小笠原氏――名門武家、宿願のために三英傑の元を渡り歩く

信濃守護をつとめた名門・小笠原家ですが、武田信玄によって所領を奪われると各地を転々として再興を目指します。「天正壬午の乱」の混乱期に徳川家の支援を受けて旧領を奪還するのですが、その後も紆余曲折があったようです。

【戦国時代の境界大名】伊東氏――二大勢力との死闘で滅亡するも……

伊東氏は大友氏と島津氏に挟まれた典型的な境界大名でした。島津氏に攻められ一時は領土を失っていましたが、秀吉に仕えることで旧領の回復に成功します。しかし幕末では再び島津氏の圧力を受けて新政府側につきました。

【戦国時代の境界大名】遠山氏――宗家は滅亡後、残された一族による戦いの結末は?

織田氏と武田氏にはさまれた境界大名・遠山氏でしたが、宗家が滅んだのちは分家である苗木遠山氏が今度は信長の後継者となった秀吉と家康の間でむずかしい対応を迫られます。結果として居城である苗木城を失った遠山氏ですが、関ヶ原の戦いにおいて居城を奪…

【戦国時代の境界大名】大村氏――初のキリシタン大名家として、せめぎ合いのなかで生き残る

日本初のキリシタン大名・大村純忠はもとは有馬氏から送り込まれた養子でしたが、有馬氏を見限って龍造寺氏に降伏するなど独立した道を歩むことになります。長崎の発展は大村氏が境界大名だったことにも大きく関係しているんですね。

【戦国時代の境界大名】有馬氏――内憂外患を周辺大勢力の力で乗り切る

有馬氏は島津氏や龍造寺氏にはさまれた境界大名というだけでなく、日本とポルトガルとの境界にも立っていた大名でした。岡本大八事件による失脚は晴信のミスですが、旧領を取り戻したいという彼の動機にこの時代の武家の心理が表れているようにも思います。

明智光秀と赤井直正――あるいは光秀の前に立ち塞がった壁

赤井直正は光秀の丹波攻略に抵抗した黒井城の城主です。もともと丹波の国衆は足利将軍家に仕えていたため義昭追放に連動して反織田になったようですが、直正がこのとき病死しなければ歴史は変わっていたかもしれませんね(光秀に暗殺された説もあるとか)。

【戦国時代の境界大名】奥平氏――家運が開いた運命的な活躍の場とは?

奥平氏は作手地方の国衆でしたが、まさに境界大名らしくその時々の情勢を見極めて、今川氏と武田氏、その後は徳川氏と従属先を変えて生き残りました。 武田軍から長篠城を守り抜き、織田信長から偏諱を受けた信昌は家康の娘婿でもあり、京都所司代をつとめる…

【戦国時代の境界大名】水野氏――天下の趨勢を見極めながら動乱を生き抜き、譜代大名の中核に

家康の生母である於大の方の実家である水野家は知多半島を本拠とする国衆でした。松平氏同様、今川氏と織田氏の間で戦国時代を生き抜き、江戸時代には福山10万石の大大名にまで出世しています。

【戦国時代の境界大名】相良氏――大大名に挟まれながらも、九州の動乱のなかで戦い続ける

相良氏は戦国時代、江戸時代を通じてずっと父祖伝来の地である人吉を支配しつづけた稀有な大名家です。島津氏や大友氏などの圧力を受けながらも、秀吉の九州征伐で従属関係がリセットされるなど幸運にも恵まれ、幕末まで生き残りました。

【戦国時代の境界大名】相馬氏――奥州第一の実力者・伊達氏との抗争を戦い抜く

相馬氏は鎌倉時代からつづく武家でありながら、周囲を伊達氏、蘆名氏、佐竹氏と大大名に囲まれており、まさに境界大名として生き残りを図らなければなりませんでした。 そんな相馬氏が千年もの間、相馬野馬追をつづけてきたのは戦国大名としての意地かもしれ…

【戦国時代の境界大名】真田氏――時代の趨勢そのままに主君を変える

大河ドラマ『真田丸』で多くの方が真田家の戦国時代の立ち回りをご覧になったと思いますが、いわゆる「天正壬午の乱」の際に次々と臣従先を変える昌幸の行動は境界大名らしさが強調されていましたね。 「表裏比興の者」と評された彼の判断がなければ真田家は…

【戦国時代の境界大名】諏訪氏――武田に滅ぼされた名族がその出自故に蘇る!

諏訪大社の神官だった諏訪氏は武家としても勢力を伸ばし、武田信玄の跡を継いだ勝頼を輩出します。そのまま武田氏とともに滅亡するかと思いきや、江戸時代まで大名家として生き残るんですよね。

明智光秀と細川忠興――あるいは太平のための裏切り

信長の命令で、たま(ガラシャ)の夫となった細川忠興は父・細川藤孝や義父・明智光秀に負けず劣らず、文武両道に秀でた人物でした。

【戦国時代の境界大名】亀井氏――毛利氏との御家再興をめぐる死闘に転機到来!?

亀井氏はもともと尼子氏の重臣でしたが、山陰の境界大名のひとつ毛利氏によって主家ともども滅亡させられます。茲矩を祖とする近世大名・亀井氏はその後、尼子再興軍とともに誕生しました。

【戦国時代の境界大名】井伊氏――大勢力の狭間で内紛と戦乱の危機を乗り越える

大河ドラマ「おんな城主 直虎」でも描かれたとおり、井伊家は井伊谷を本拠とする小さな国衆でしたが、のちに彦根藩35万石という最大の譜代大名にまで出世しました。

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