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クリスマスと松永久秀

メリー・クリスマス!

もうクリスマスは日本人の恒例行事のようになってますけど、このクリスマスをお祝いしようといったのが、一説にはあの松永久秀だといわれています。

いわゆる「諸説あり」で根拠としてたしかな史料が残っているわけではありません
「太平記英勇伝十四:松永弾正久秀」(落合芳幾1867年作)

東大寺の大仏殿を焼き払ったり、織田信長に何度も反逆したりと、それこそ「信長の野望」で遊ぶと能力は高いのにすぐ裏切っちゃうので有名な武将ですが(呂布か松永久秀といわれるくらい)、まさかこんなエピソードがあるとはぼくも知りませんでした。

なんでも、1566年(永禄9年)に、当時三好三人衆らと争っていた中で、クリスマスを理由に休戦を命じた(あるいは応じた)そうですね。
命のやりとりをしながら、よくそんな理由で休戦しましたよね。まあだからこそ「こんな日に殺し合いはやめよう」という説得が効いたのかもしれませんけど。

また松永久秀といえば、信長がほしがっていた名茶器である「平蜘蛛茶釜」を(差し出せば助命を許されてたのに)「お前なんかにやるもんか!っ」とたたき割って(一説には茶釜に爆薬を仕込んでの自爆)、天守とともに爆死したといわれています。
こんなにワイルドな武将はほかにいません。
しかもその命日が10年前に自分で東大寺大仏殿を焼き払ったのと同月同日だったというから、とことん伝説的な武将です。

そもそもこの当時のクリスマス(降誕祭)ってどういう扱いだったんでしょうね。
キリスト教の伝来は「以後よく広まる」で1549年ですから、1566年ともなればそれなりに西洋の文化に触れる機会も多かったと思いますが、さすがにサンタクロースの格好はしなかったでしょうね。サンタの格好で休戦を申し出てたらすごいおもしろいんだけど。
(Wikipediaによれば、1821年に出版された絵本『子供たちのお友達 (The children's friend)』(作者不詳)にサンタクロースの姿が描かれたのが最初のようですね)

なにはともあれ、クリスマスまで戦国時代と関係してるとは、それも戦国時代の梟雄といわれるある松永久秀に関係してるというのは驚きましたね。

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