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令和最初の祇園祭(宵山)にいってきました

最近では観光客が増えすぎて京都市民がいかなくなったといわれている祇園祭ですが、ぼくも山鉾巡行はKBS京都のテレビ中継で見ることが増えましたが、毎年昼間に出かけるようにしています。
やっぱりお祭りは気分もアガるし楽しいですからね。
今回はスマホを買い替えたので、デジカメは持たずにPixel3だけで写真を撮ってきました。ほんとは夜景モードを使いたかったんですけど、夜は人が多すぎるので諦めました。

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祇園祭とは

今年で1150年目を迎える祇園祭ですが、そもそも祇園祭は京都八坂神社の祭礼で、869年(貞観11年)に疫神怨霊を鎮める祇園御霊会(ごりょうえ)がその起源とされています。2019−869=1150というわけですね。
全国的に疫病が流行したため、その退散を祈願して長さ6mほどの矛を、当時の国の数にちなみ66本立てて、牛頭天王を祀ったことにはじまります。
66国というのは令制国や律令国というやつで、尾張とか三河とかぼくらにとってなじみある「旧国」というやつです。なお対馬・壱岐は「嶋」として扱われたので、それを含めると68になります。

祇園祭はその後、970年(天禄元年)以降、毎年の恒例行事となります。
平安時代はだんだんとにぎやかになり、室町時代や戦国時代には現在のように山鉾が登場していたことが「洛中洛外図屏風」などに描かれています。山鉾の数は年々増えて、15世紀には58基の山鉾が現在とほぼ同じ姿で京の街を巡行していました。
しかし「応仁の乱」により京の街とともにそのほとんどが焼き尽くされてしまいます。1500年(明応9年)に町衆が結集して山鉾を再興させ、前祭26基・後祭10基の山鉾が巡行しました。
その後も京都には宝永の大火(1708年)や天明の大火(1788年)、蛤御門の変(1864年)など大火に見舞われるたびに被害を受けましたが、町衆の力により今日まで継続されてきました。

山鉾紹介(一部だけ)

蟷螂山(とうろうやま)

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全山鉾の中で唯一のからくり仕掛けで、ぼくはここのちまきを毎年買ってます。
(今年は間に合わなくて買えなかった)

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おみくじもからくり仕掛けになってます。

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四条傘鉾(しじょうかさほこ)

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織物の垂りなどをつけた傘と棒ふりばやしが巡行します。
地元小学生16名が披露する「子供棒振り踊り」は国選択無形民族文化財に指定されています。

菊水鉾(きくすいほこ)

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町内の金剛能楽堂内に古くからあった「菊水井」にちなんで名付けられたとか。
鉾頭には16弁の金色の菊花があります。

函谷鉾(かんこぼこ)

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「くじ取らず」のひとつで毎年全体では5番目、鉾では長刀に次いで2番目と決まっています。
鉾頭には三日月があります。

長刀鉾(なぎなたほこ)

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四条烏丸の目立つところにあるので人混みもすごいです。
アーケードに隣接して建てられているので、横断歩道から撮るのがいいかも。

間際から見上げるとこんな感じです。

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鶏鉾(にわとりほこ/とりほこ)

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鉾頭には三角形があるんですが、これは鶏の卵が諌鼓の中にあることを表しているそうです。
室町通のちょっと広めの場所にあるのでテレビ中継も多いです。

白楽天山(はくらくてんやま)

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唐の詩人・白楽天にちなんだ山で、真松は山の中で一番高いそうです。

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木賊山(とくさやま)

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木賊を「とくさ」と読むのは知りませんでしたが、シダ植物の名前だそうです。

太子山(たいしやま)

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聖徳太子を祀っていることから名付けられています。
唯一、真松ではなく真杉を立てています。

油天神山(あぶらてんじんやま)

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菅原道真を祀っていることと、油小路通にあることから名付けられたとか。

芦刈山(あしかりやま)

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世阿弥の作といわれている謡曲「芦刈」にちなんだ山です。
御神体衣装は山鉾最古で、ふだんは国立博物館に保存されています。

また芦刈山の胴懸(どうかけ)は「豊公獅噛鳥獣文様」で、「豊公」とあるから豊臣秀吉に関係しているのかなと思ったら、どうやら秀吉の陣羽織を参考にしてつくったそうです。
(胴懸はいくつか種類があるとか)

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岩戸山(いわとやま)

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岩戸山も「くじ取らず」で、22番目に決まっています。
いわゆる「天の岩戸」の神話にちなんだ山です。

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岩戸山にのぼってみた

長刀鉾をはじめ、山鉾のなかにはのぼらせてくれるところがあります。
かなり人気なことに加えて、そもそもの場所が狭いので、どこも行列がすごいんですけど、たまたま岩戸山が空いていたのでのぼらせてもらいました(300円)。

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天井など外から見えないところもすごくきれいです。

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こんなふうに視界が広がります。ずーっと奥に放下鉾の鉾頭が見えますね。

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いい体験をさせてもらいました。
知らない人たちにめちゃくちゃ写真を撮られますけど、一度のぼってみることをオススメします。

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祇園祭のおおまかな流れ

7月17日の前祭(さきまつり)で23基の山鉾が巡行した後、24日の後祭(あとまつり)では10基の山鉾が巡行します
山鉾巡行の順番は前祭の先頭が毎年必ず「長刀鉾 (なぎなたほこ)」であるように「くじ取らず」として決まっているものがいくつかありますが(正確には9基)、そのほかはくじで決まります。今年は2年連続で「蟷螂山(とうろうやま)」が一番(=長刀鉾の次)を引きましたが、こうした「くじ取り式」が月初にあるなど、1か月かけて行事(山鉾行事)がおこなわれます。

一般には祇園祭では山鉾巡行がメインイベントだと思われがちですが、じつはそのあとにおこなわれる「御輿渡御(みこしとぎょ)」がもっとも重要な行事です。
前祭での山鉾巡行が終わると八坂神社から中御座・東御座・西御座と3基の御輿が出発し、御旅所へ向かう「神幸祭(しんこうさい)」がおこなわれます。中御座には素戔嗚尊(すさのをのみこと)、東御座には櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、 西御座には八柱御子神(やはしらのみこがみ)が奉られていて、そのまま四条寺町にある御旅所で7日間とどまったのち、ふたたび八坂神社に戻る「還幸祭(かんこうさい)」がおこなわれます。
山鉾巡行は神様を楽しませるための「神賑(かみにぎわい)」の行事で、「神幸祭」にあわせておこなわれる山鉾巡行を「前祭」、「還幸祭」にあわせておこなわれる山鉾巡行を「後祭」と呼びます。
余談ですけど「後祭」は「後の祭り」の語源ですね。

この御輿渡御のルートは一定ですが、一度だけ二条城前(堀川通)を通ったことがあり、「洛中洛外図屏風」に描かれています。
それは1615年(慶長20年)の「大坂の陣」があった年で、凱旋した家康を讃えたということだそうですが、京の町衆は秀吉びいきだったはずなのに、そういう配慮はするんだなとびっくりしました。

なぜ信長の家紋、織田木瓜があるの?

すべての山鉾の提灯に描かれているのが、この木瓜紋です。

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家紋に詳しい人なら、木瓜紋を見て「織田信長が振興したの?」と思うかもしれませんが、これは八坂神社の神紋(神社の家紋みたいなもの)です。
牛頭天王を祀る神社は基本この木瓜紋で、八坂神社と並ぶ牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)である津島神社を崇敬していた織田家は木瓜を家紋としたそうですよ。

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なお祇園祭の期間中、町衆の方々は祇園祭のときは神紋の形に似てるからと、きゅうりを食べなかったそうです。

1000年以上もつづいているお祭りですから、当然ぼくらが知っている歴史上の人物も大なり小なりかかわっています。
太子山のように聖徳太子を祀っているとかわかりやすいのもありますが、こうした家紋つながりとか、秀吉の陣羽織を参考にした胴懸のこととか、ちいさな関係性を見つけるとうれしくなりますね。

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