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大文字山(如意ヶ岳)にのぼってきました

二条城の天守台からもよく見える「大」の跡――五山の送り火、いわゆる「大文字焼き」の火床にいけるのをご存知でした?
近くにいけるとかそんなレベルじゃなく、「大」の線上に立てるくらい、まさに「現地」にいけるんです。

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正式名称は「如意ヶ岳(にょいがだけ)」といいます。
初心者向けのトレッキングコースとして紹介されることも多いくらいで、道中は山道といえどかなり整備されているのでスニーカーでも十分のぼれます。

右足首をリハビリ中のぼくで40分くらいだったので、健脚な方なら20〜30分程度で、体力に自身のない方でも1時間もあればのぼれると思います。

銀閣寺裏からのぼる

登山口はいくつかあるのですが、銀閣寺の裏からのぼるのが一般的みたいです(というかいちばん近い)。
銀閣寺の門前を左に曲がって、そのまま道なりに進むと看板が出てきますので、右に進みます。

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上の写真の奥に見えている赤いコーンのところは「駐輪禁止」と書いてありましたが、その少し先にある案内板(下の写真)の前あたりは駐輪できるっぽいです。

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さらに道なりに進んでいきます。
このあたりは地面も舗装されているので歩きやすいのですが、けっこうな勾配なので水分は必須です。
(途中、湧き水もありました)

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苔むしてる感じが良いですね。

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ようやく登城口

この小さな橋がスタート地点です。

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途中の様子を写真で紹介しますが、初心者向けとはいえトレッキングコースなので山にのぼり慣れていない素人にはそこそこきついです。

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真ん中あたりで「鹿ヶ谷の陰謀」で知られる「鹿ケ谷」の地名が出てきます。
平安時代に起きた平家打倒の陰謀事件ですが、平清盛が反対派を粛清するためにでっち上げたという説もありますね。

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このあたりからは平坦なところと急坂なところが交互に出てきます。

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最後の石段はかなりきついですが、その先にご褒美があると思ってがんばりましょう。

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京都市街を見渡せる最高の眺望が

ようやく到達です!

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「大」の字は中腹(標高約300m)くらいにあるのですが、京都市街をすべて見渡すことができます。
御所周辺の緑とか、京都タワーもよく見えます。

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自販機もなにもないので、ふもとで飲み物は買っておいてください。ぼくはここでおにぎりを食べましたがすごくおいしかったです。
(もちろんゴミは持ち帰りましょう)

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このひとつ一つを「火床(ひどこ)」といって、大文字には75個の火床があるそうですよ。
ほかの「妙法」は「妙」が103個で「法」が63個、「船」は79個で、「鳥居」は108個、「左大文字」は53個の火床があるとか。

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大の字の頂点を「字頭(じがしら)」と呼ぶそうですが、階段でのぼっていけます。
基本的に火床に沿って階段が設けられています。

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次の写真は左のはらいをしたから見た眺めですが、山の斜面に沿って火床が並んでいるのがわかると思います。
(帰りはここから降りました)

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ちなみに「五山の送り火」当日は入山禁止ですが、終わったあと安全が確認されると解除されるので、深夜から早朝にかけてじっさいに燃やされた「消し炭」を求めて大勢の人がのぼってるらしいです。

五山の送り火とは

「五山の送り火」の起源は弘法大師説や足利義政が始めたとされる説など諸説あります。
「大」の字は弘法大師が書いたのを再現してるなんて話も聞いたことがありますが、じっさいのところはよくわかりません。
ただ江戸時代に「五山の送り火」がおこなわれていたことは記録に残ってるそうなので、二条城から見えたという話はウソじゃないかなと。

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如意ヶ嶽城と中尾城

「大」の字は中腹と書きましたが、そのまま山頂までのぼると如意ヶ嶽城があります。
「応仁の乱」の頃に築かれた城で、どうしてこんなところに城を築いたのかというと、ここは京と近江を結ぶ最短ルートだったからです。

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またもう少し低いところに中尾城があります。
細川晴元が三好長慶に敗れたことにより京を追われ、近江・朽木谷に逃れていた12代将軍・足利義晴がふたたび入京するために築いた最前線の城が中尾城です。

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しかし義晴自身は城が完成した翌年に病死したため、ここには嫡男の13代将軍・足利義輝が入城しますが、1550年(天文19年)11月21日に起きた「中尾城の戦い」で三好軍に攻められると、義輝は城を自ら焼いて近江に撤退しました。

山麓にはこんな看板があります。

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「応仁の乱」以降の京は、それこそ信長が常駐しなかったこともあり、「本能寺の変」や秀吉の聚楽第まであまり注目されませんが、三好長慶と足利将軍との対立などちゃんと学べばおもしろそうですね。

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