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琉球における築城の名人・護佐丸が築いた座喜味城を取材してきました

記事執筆の背景、関係性の開示
今回の取材は沖縄県・一般財団法人沖縄観光コンベンションビューローがおこなっている沖縄本島を対象とした「旅行社・メディア等招聘事業」としておこないました。そのため伊丹空港から那覇空港までの往復航空券と島内の移動に使用したレンタカー代および沖縄での宿泊費(那覇市内に二泊)、さらに「世界遺産座喜味城跡 ユンタンザミュージアム」の入館料500円も自己負担なしで取材させていただいたことを開示しておきます。

築城名人というと藤堂高虎や加藤清正が浮かびますけど、じつは琉球にも築城名人がいたことをご存知ですか。
その名を護佐丸(ごさまる)といいます。護佐丸は、三山を統一し琉球王国を成立させた尚巴志の家臣として今帰仁グスク攻略(北山討伐)で武功をあげた人物です。
彼は第一尚氏王統建国の功臣として、今回訪問した座喜味グスクを築城し、のちには中城グスクを改築・拡張しています。「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に指定された5つのグスクのうち、ふたつが護佐丸の手によるものだということは知っておきたいですね。

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今回は読谷村教育委員会の上地課長に案内していただきました。

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村立博物館として破格の規模を誇る、ユンタンザミュージアム

最初は2018年(平成30年)にリニューアルオープンしたばかりの「世界遺産座喜味城跡 ユンタンザミュージアム」の館内を見学させていただきます(それまでは読谷村立歴史民俗資料館・美術館)。
歴史民俗資料館時代は座喜味グスクの展示はほとんどなかったそうですが、リニューアルオープンにあわせて展示内容もかなり見直されたそうです。

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1階の第1展示室に入ります。
めちゃくちゃオシャレなんですよね。

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まず目にとまるのが座喜味グスクの模型です。ドローンの映像も好きだけど、ぼくは模型で全体像を眺めるのが好きですね。

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曲線がやたら多いことに気づくと思います。
一般にグスクの城壁に曲線が多いのは、自然地形(=琉球石灰岩の岩山)をそのまま利用しているからです。だけど座喜味グスクの最大の特徴は土台が琉球石灰岩ではなく赤土(赤褐色土)だということです。

これが何を意味しているかというと、城壁の石材を運び込まなければならなかったということです。多くのグスクが現地調達しているのに対して、座喜味グスクの場合は護佐丸がもといた山田グスクから石を運ばせたという伝承が残っています。

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山田グスクから座喜味グスクまでは直線距離でも4kmあるので信じがたいエピソードではあるのですが、上地さんもあくまで伝承と前置きしつつ「いまでは考えられないことですが、この周辺には石がない(=現地調達できない)ことと、ふたつのグスクの途中に石を運ばされた人たちが宿営したと伝わる場所が残っていることから、あながちウソとも言い切れないんですよね」とおっしゃっていました。

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座喜味グスクの周辺地図を表示

また発掘された出土品には山田グスクと同時期のものが多数見つかっていることから、引っ越しの際に山田グスクから持ってきた可能性があるとのことでした。

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ちなみに発掘調査をしても100年くらいしか時代に幅がないことから、短期間しか使われなかったようです。護佐丸が築いて、彼が中城グスクに移ったあともしばらくは使用した形跡があるようですが、おそらく第二尚氏王統に王権が移り、尚真王が中央集権体制を確立した頃に廃城になったのでしょうね。

第1展示室の入口にはタッチパネルで操作できる座喜味グスクのVRがありました。
グスク内はバリアフリーではないので、車椅子の方でも少しでも現地の様子がわかればと上地さんはおっしゃってましたが、とてもいいことですね。

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護佐丸という男

護佐丸は築城の名人であると同時にいくさの名人でもありました。
尚巴志が1416年に北山征伐を開始すると、中山勢力において対北山の最前線にあった山田グスクの城主であった護佐丸は連合軍に参加して、第2軍800人の総大将に抜擢されたそうです。本軍は海路を進んだので、陸路を進む軍勢の実質的なリーダーだったのかもしれません。
そして今帰仁グスクを攻め落とし、今帰仁按司・攀安知(はんあんち)を討伐する武功をあげると、尚巴志は護佐丸に今帰仁グスクに残り北山監守をつとめるよう命じました。
もともと護佐丸の先祖は今帰仁按司だったため(権力争いに敗れて山田按司となっていた)、尚巴志は地元に縁のある護佐丸を置くことで、反乱を抑え込もうとしていたのでしょう。

その後、尚巴志は二男・尚忠を北山監守に任じ、護佐丸にはその後方支援として座喜味に築城するよう命じます。
尚巴志が護佐丸の勢力拡大を警戒したという見方もあるようですが、ぼくは「山田グスクに戻れ」ではなく座喜味グスクを築かせているので、有能な家臣としてより首里に近いところに置きたかったんじゃないかと思います。
地図で見るとよくわかるのですが、座喜味グスクは今帰仁グスクと首里城の両方が見通せる位置にあるんですよね。しかもこのあたりでは一二を争う高所(127m)にありますし。
(ここよりも高いと思われる場所は米軍基地内にあるため正確な計測ができていないそうです)

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護佐丸は命令どおり、座喜味グスクを築城すると、ここに18年間居城しました。
その間、長浜港を拠点に中国や東南アジアとの海外交易で、第一尚氏王統の安定を経済的にも支えました。尚巴志が護佐丸を警戒していたなら座喜味で交易することを許さなかったと思うんですよね。
なお築城において、かつての居城で自分の故郷でもある山田グスクの城壁を再利用したり、北山監守時代に支配した奄美群島や慶良間諸島から人手を集めて働かせたようです。
このスケールの大きさは藤堂高虎や加藤清正というよりも、織田信長の家臣時代の羽柴秀吉を彷彿とさせますね。

さらに尚巴志は勝連グスクを本拠とする茂知附按司が勢力を拡大したため、これを牽制するために護佐丸に命じて中城グスクを拡張・改修させます。
そして中城グスクに居城を移した護佐丸は、茂知附按司を滅ぼし勝連按司となった阿麻和利と戦うこととなり、結果としては護佐丸が敗死することになるのですが、このあたりの経緯は勝連グスクの取材レポートで書いたとおりです。

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ともあれ護佐丸は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に指定された5つのグスクのうち、今帰仁グスク・座喜味グスク・中城グスクと3つのグスクの城主をつとめ、そのうちふたつを築城または大幅改修したことになります。

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護佐丸が一貫して忠臣だったのか、それとも最後はクーデターを企てていたのかはわかりませんが、琉球には護佐丸や阿麻和利のようにめちゃくちゃ魅力的なキャラクターがいるということはもっと知られていいと思います!

戦争で破壊されたグスク

2階の第2展示室では読谷村の歴史・自然・戦争の様子などが紹介されています。

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前日の浦添グスクのように戦争によって破壊されたグスクはたくさんありますが、座喜味グスクの場合はちょっと特殊で、日本軍によって破壊されているんですよね。

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一の郭は日本軍が高射砲陣地をつくるため、一部の城壁が壊されました。石段もスロープ状にするために盛土をしています。
(しかも米軍は地上戦を仕掛けてきたので高射砲は役に立たなかったそうです)
戦後は米軍がミサイルのレーダー基地を置いたので、さらにアーチ門などが破壊されることになりました。展示されたパネルでは当時の様子を見ることができますが、かなり痛々しい写真です。

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そして沖縄返還後に発掘調査と復元がおこなわれ、いまのように見事な座喜味グスクが甦ったわけです。グスクの美しい城壁の曲線美のほとんどが復元されたものだと知ったときは驚きましたが、そこには戦争で被害を受けたという歴史があるんですよね。
しかも日本軍が主体的に壊したケースもあるんだということを座喜味グスクで知ることになりました。

読谷村はふたつの地質が交わっている

座喜味グスクの地盤が土だというのはさきほど聞いたのですが、座喜味グスクを含む読谷村の東側は国頭層と呼ばれる北部(やんばる地方)と同じ土の地質だそうです。
一方、西側は中南部と同じ琉球石灰岩を中心とした地質になっていて、それによって北部でしか見れない動物、南部にしか生えない植物、その両方の生態系が見れるんだそうです。

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ぼくはそもそも沖縄本島が北部と中南部で異なる地質だというのは知らなかったのですが、なんだか「ブラタモリ」で案内されているような気持ちになりました。
とくに今回は地質がグスクの築城に大きく関わっているため、おもしろかったです。

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座喜味グスクは土台が土の珍しいグスク

ユンタンザミュージアムを出て現地に向かいます。

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ミュージアムはグスクのすぐそばなので、松林の坂道をのぼるだけですが、先日訪問した天の橋立を思い出すくらい大きな松でした。
伊是名島で琉球松のことを案内してもらったときは「1mくらいの高さまでしか成長しない」と聞いてたんですが、あれは地盤が岩だからであって、ここは地盤が土だからどんどん成長しちゃうんだそうです。
(さっき知った地質のちがいの話にまたつながりましたね)

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松林を抜けるとアーチ門(表門)が見えてきます。
この瞬間はめちゃくちゃテンションが上がりますよね。

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二の郭

アーチ門に楔(くさび)が入っているのは座喜味グスクだけです。

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二の郭のアーチ門には三角形の楔石が、一の郭のアーチ門には方形の楔石がはめられています。

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ちなみにこの二の郭のアーチ門はほぼ現存です。幸いなことに二の郭は一段低いため、軍による破壊をまぬがれたそうです。

そして門内には木製の城門(扉)があったと思われる礎石跡や梁がささっていた跡がありますので、訪問された際は下も横も見てください。

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二の郭のアーチ門をくぐるとすぐ一の郭のアーチ門が見えますが、いったん左に曲がって城壁を見ることにします。

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下のほうが現存石垣です。
石垣が好きな人ならあとから積み直した部分のラインが見えるんじゃないでしょうか。

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城壁は高いところでは13mくらいあります。

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下の写真を見ると当時のまま残っている部分がよくわかりますね。

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これまで見てきたグスクはいずれも琉球石灰岩の岩山という自然地形を利用して築かれていたので、歩いていても地盤が固くて歩きにくかったのですが、座喜味グスクは土なので歩きやすかったです。

もともとこの地には土の丘があって、それを削平&盛土をして人工的に城塞化していったのが座喜味グスクというわけですが、座喜味グスクがほかのグスクよりも小規模なのは、こうした土木工事をしなければならなかったという背景があるからなのでしょうね。
それでも琉球広しといえどゼロから石材を調達してこれだけの規模のグスクを築いた人は護佐丸だけだと思います。

発掘調査時に城壁の石積みに改修された部分が見つかったことから、護佐丸が築いた以前から核になるグスクが存在していたという説もあります。

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一の郭

ではアーチ門(奥門)をくぐって、一の郭に向かいます。

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こちらの楔石は方形ですね。

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ちなみに座喜味グスクの石段はとくに斜めになっていませんでした。
これは積み直したからというのもあるかもしれないけど、おそらく地盤が土なので水はけの心配をしなくていいからという理由じゃないかと思います。

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ミュージアムで教わったとおり、一の郭は軍によって破壊され更地になっていたのですが、いまは正殿跡に礎石が置かれています。
(上地さんによればこの礎石は正確な配置ではないとのことでした)

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またこの座喜味グスクは生活の場所ではなかったと考えられています。
その理由は城内にひとつも井戸がないからです。それと建物が正殿以外に確認されていないことから、逃げ城(=本土でいう詰城)だった可能性を指摘する研究者もいるそうです。

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階段が設置されていて城壁に上がれます。グスクではよくある風景ですね。

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見晴らしがとてもいいのですが、風が強かったです。

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ちなみに台風のあとは地面がデコボコになってるんだそうです。
城壁が穴の多い琉球石灰岩でできていて、そこに風が吹き付けるから起きる現象ですね。

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城壁の曲線(アーチ)が連続していることや、城壁の厚さ(幅)が約10mあるというのも、すべて土圧(土の圧力)を分散するためで、ようはダムが水圧を抑えるのと同じ考え方なのですが、この時代にそういう発想ができているというのがすごいですよね。

つまり座喜味グスクのやたら連続するアーチも見栄えのこだわりというよりは、土留めとして必要だったから増やしているというのが本質で、これもまた地質と地形を活かして築かれるグスクの特徴のイチ側面といえるのかもしれません。

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後日いただいた航空写真ですが、見た目重視でないとわかっていても芸術的です。

なおこの連続したアーチには拡張したと思われる部分があって、そのことから護佐丸がゼロから築城したのではなく、以前から小規模なグスクがあったという説もあります。
拡張の痕跡は奥門を入って左奥のあたりです。

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ライトアップやってます

いま座喜味グスクでは2月21日までライトアップされています(18時から21時半まで)。
ちょうど団員のまーさんが撮影されていました。ぼくは次の予定があって夜までいられなかったのですが、この写真を見て少し後悔しました。

まとめ

座喜味グスクは世界遺産でもあり、また護佐丸が築いたグスクでもあるので今回の沖縄訪問では優先的に取材を希望したグスクでした。
訪問するまでは小ぶりなグスクという印象でしたが、じっさいに訪問してみて、とても魅力的で、かつ特徴的なグスクであることがよくわかりました。地盤が土だからこその苦労や工夫の痕跡があちこちに見られたし、自然地形ではなく人工的に城壁を構築したからこその過剰な曲線もおもしろい発見でした。このくらいの規模だとアーチの半径が小さくてはっきりわかるのでいいですね。

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読谷村は人口が4万1000人以上いる「日本一人口が多い村」だそうですが、ユンタンザミュージアムは村立とは思えないくらい豪華なミュージアムでした。
ちなみに美ら海水族館にいる生物は、ジンベイザメはじめ、その多くが読谷村で捕れたものだそうです。どこに挿入するか迷ったのですが、せっかく聞いた情報なのでシェアしておきます。

www.yuntanza-museum.jp

またこの日の午前中に訪問した浦添グスクにつづいて、沖縄戦の話が出てきたことも忘れられないです。
本土の場合は駿府城や広島城など平城が軍の駐屯地として転用されることが多く、平山城や山城が軍事利用されることはほとんどなかったですが、沖縄の場合はむしろ見晴らしのいい丘にあるグスクが日本軍にも米軍にも利用されたので、城址が刻んできた歴史についても考える機会になりました。

座喜味グスクは戦後、最初に整備されたということもあり、いままた保存活用計画を検討されているそうです。
コンパクトだけど見ごたえのあるグスクなので、ミュージアムとあわせてぜひ訪問してみてくださいね。

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kojodan.jp

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