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『花と火の帝』――武力に対するは呪力

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隆慶一郎はその作家人生の短かさのわりには数多くの傑作を世に残してくれた人だ。ただ、残念ながら未完のままに終わってしまった作品も少なくない。本作もその中のひとつである。

主人公は岩介。代々天皇に仕えて駕籠担ぎや護衛、そして密かに隠密として活躍してきた八瀬童子の生まれである。鬼の一族として知られる八瀬童子の中でも特にその血を濃くもって生まれた岩介はある日突然姿を消し、そして成長した姿で再び現れた。
大陸に広がる呪術師のネットワークに受け入れられて優れた呪術師になった彼と出会うのが政仁親王ーーのちの後水尾天皇である。まだ14歳なのに心の中に強い悲しみを秘めた親王に岩介は惹かれ、身分を超えた親友というべき関係となっていく。

時あたかも戦国時代は終わって江戸時代初期、江戸に幕府が開かれて全国の武士はこれに従い、それまでのものとは違う新たな秩序が生み出されようとしていた。こうなると、新秩序の担い手たる幕府にとって天皇や公家はいかにも邪魔な存在だ。武力はなくとも権威があり、きちんと縛っておかなければ恐ろしくて仕方がない。だからことあるごとに干渉してくる。
岩介と後水尾天皇、そして岩介が見つけてくる仲間たちは、この幕府の干渉と戦うことになる。幕府は天皇が持っている力を一つ見落としている。それは呪術だ。

隆慶一郎はそれまでの作品で注目してきた「道々の輩」について、彼らの存在を許し認め支えになっているのは天皇だ、としてきた。そしてこの作品ではさらにもう一歩進めて、呪術的な力とも縁の深い道々の輩を引き付けてきた天皇の存在を、「天皇は日本の呪術師の棟梁だ」というキーワードによってさらに偉大なものとしてアピールしているところが読者を惹きつける。
現世の力である武力に頼る武士たちに対して、あの世の力ともいうべき(実際、死者たちの存在感がこの話ではかなり強い)呪力によって対抗する岩介たちの戦いは非常にゲリラ的なものであり、それだけにドラマチックで読者をワクワクさせる力があるのだ。

ただ残念ながら、冒頭で紹介した通りこの物語は作者が亡くなったことにより中断してしまっている。それもいよいよクライマックスであろう大きな事件が起きるよりもうちょっと前で止まってしまっていので、隆慶一郎がこの作品で何を描こうとしたのか、その大事な部分は残念ながらぼやけたままだ。それでも、「京都」「天皇」というワードからは想像できないほどに生命力に満ち溢れ、美しいものとそうでないものがないまぜになった恐るべき物語に身を浸すことはできる。今から読んでも十分に楽しめる作品であると太鼓判を押したい。

花と火の帝 (上) (日経文芸文庫)

花と火の帝 (上) (日経文芸文庫)

  • 作者:隆 慶一郎
  • 発売日: 2013/10/25
  • メディア: 文庫
 
花と火の帝 (下) (日経文芸文庫)

花と火の帝 (下) (日経文芸文庫)

  • 作者:隆 慶一郎
  • 発売日: 2013/10/25
  • メディア: 文庫
 
 
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