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【戦国軍師入門】3.戦国大名以外の勢力

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ここまでは武家勢力について話してきたが、初めにも説明したように、当時は武家以外にも力を持っていた勢力があった。

例えば公家と宗教団体だ。
戦国時代の公家は、領上のほとんどを武家に奪われて、生活が困窮していた。特に1467年(応仁元年)から始まった「応仁の乱」という動乱によって京都が荒廃すると、公家の力はますます弱体化してしまう。そのため、地方の理解ある大名のもとに下って、小京都といわれる文化圏を作ったりしていた。

また、京都に残っていた公家も、その娘を有力な大名に嫁がせて財政援助を受けたり、大名家に官位を斡旋してそのお礼をもらったりなどして、なんとか生活していた。

一方、没落しつつある公家と違って、仏教の宗教団体はかなり大きな力を持ち、僧兵といわれる武力集団も擁して武家集団に匹敵する勢力を作っていた。中でも一向宗(浄土真宗、特に本願寺派のこと)は一揆を起こして武装蜂起し、各地の戦国大名を苦しめたりもした。特に、加賀の国で起きた一向一揆は守護を追い出すほどに成功し、一向宗の国を作ってしまうほどだった。

しかし、こうした宗教団体の多くは、織田信長によって徹底的に滅ぼされてしまった。迷信深くて、仏相手には遠慮しがちな戦国大名が多かった中、信長は彼らも勢力のひとつととらえた。そして、武装している以上配慮をする必要はないと判定し、各地で虐殺を行ったのだ。

外国の存在も大きな影響を与えている。
室町時代以前、日本にとっての海外といえば中国や朝鮮、それから当時は独立した国家だった琉球(沖縄)などの東アジアの国々だった。しかし、戦国時代に入った頃、日本に多大な影響を与えるもうひとつの海外文化が接触してくる。それはヨーロッパの諸国だった。

当時のヨーロッパは大航海時代の真っ最中で、冒険的・経済的・宗教的な情熱に後押しされた船乗りが世界中に旅立ち、各地を植民地化して自分たちの富を増やしていた。特に日本はマルコ・ポーロの『東方見聞録』に「黄金の国ジパング」として紹介されたことなどもあって、多くの冒険家たち・商人たちの目標とされたそうだ。

そんなヨーロッパ人――日本人からは「南蛮人(元々は中国における南方の異民族を指す言葉)」「紅毛人(オランダ人が赤い髪をしていたことからついたようだ)」などと呼ばれた人々が日本に持ち込んだ多くのもののうち、特に大きな影響を与えたのが、火縄銃とキリスト教だ。

種子島に伝来した火縄銃(近年の研究では同時期に九州地方の各地に伝来していたともいう)は、急速に全国へ広まり、多くの戦国大名がこれを採用した。中でも最も火縄銃を評価した戦国大名として織田信長が知られ、特に戦国最強を謳われた武田騎馬軍団を2部隊に分けた鉄砲隊の三段撃ちで撃退したという「長篠の戦い」は有名だ。

残念ながらこの「長篠の戦い」の三段撃ちは後世の創作であるようなのだが、信長を始めとする多くの有力な戦国大名が火縄銃に注目し、それを活用したことは間違いない。他の有名どころとしては伊達政宗の火縄銃騎馬部隊や、島津が「釣り野伏せ」という待ち伏せ戦術に鉄砲を組み合わせたことなどが挙げられる。

もうひとつ、ヨーロッパ人たちが日本に持ち込んだのがキリスト教だ。大航海時代は商人や冒険家の時代であると同時に宣教師たちの時代でもあり、日本にも多くの宣教師がやってきてキリスト教を広めていった。大名たちは火縄銃を始めとするヨーロッパの品物を欲して、先を争ってキリスト教に改宗した。

しかし、日本におけるキリスト教は結局豊臣秀吉・徳川家康の2人の天下人によって禁止され、以後長い迫害の歴史を辿ることになるのだった。

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