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【お城の基礎講座】48. 城の蔵(くら)

のイメージ...

城には万が一の時に備えて蔵(くら)がありました。
食料や武器などが保管されていたと言われています。
今回はこの城内にあった蔵について見てみたいと思います。

構造

城内の蔵は一般的に土蔵(どぞう)、つまり土でできた蔵です。
構造としては多門櫓とほぼ同じです。
多門櫓は石垣や土塁の上に建っているのに対し、蔵は平地に立っています。
また多門櫓は石落としや狭間(さま)などの攻撃装置を持っていましたが、蔵にはそういったものはありません。
蔵と言っても農家などにある土蔵よりは大きくて立派なものでした。
広さは奥行きが2間(約4m)から3間(約6m)、間口は3間(約6m)から10数間と大小様々ありました。
土蔵には石を並べた布基礎(ぬのぎそ)が設けられ、その上に木の土台を敷き半間ごとに柱を建てました。
布基礎とは一直線に並べられた基礎のことです。
屋根はほとんどが切妻造り(きりつまづくり)となっていました。

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苗木城(岐阜県)にある武器蔵・具足蔵の礎石。布基礎と呼ばれる一直線に等間隔で並んだ礎石がそのまま残されている。

保管していたもの

蔵なので当然、なにかを保管する建物だったわけですが、その大部分を占めていたのは兵糧(ひょうろう)や武器でした。
いつ籠城戦(ろうじょうせん)になるかわからないので、膨大な物資が蓄えられていたのです。
櫓も一種の蔵ですが、それ以外にもたくさんの蔵が城内には建てられていました。

米蔵

蔵の多くを占めたのが米を保管しておく米蔵(こめぐら)でした。
大勢の物資が数ヶ月間食べられるだけの量を蓄えていました。
そのため蔵は長く、そして高い建物が何棟も建てられていたのです。
兵糧米は毎年半分が入れ替えられていたそうです。

武器庫

武器や防具を納める蔵もたくさん作られました。
足軽たちが扱う鉄砲を入れた鉄砲蔵が大きい建物でした。
また足軽に提供する具足(ぐそく=鎧)を保管する蔵もありました。
これらはほとんどの場合、隅櫓(すみやぐら)や多門櫓(たもんやぐら)に納められていたと思われます。
また、鉄砲や大砲などに使う火薬を納めていた煙硝蔵(えんしょうぐら)などがありました。
火薬などを保管しておくため土蔵ではなく、燃えにくい石蔵(いしぐら)や穴蔵(あなぐら)としていました。
現存している例としては大阪城の焔硝蔵があります。

その他

他には金を保管しておく金蔵、塩を保管しておく塩蔵、船を保管しておく船蔵などがありました。

まとめ

蔵は兵糧や武器などの籠城戦のための保管庫として城内に設けられていました。
それらの構造はいたってシンプルですが、大事な役割があったのです。
ということで、城内にあった蔵のお話でした。
じゃあね🖐️

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