攻城団ブログ

お城や戦国時代に関するいろんな話題をお届けしていきます!

遊佐続光 の検索結果:

「守護代ってなに?」の動画を公開しました

…中でも筆頭格にあたる遊佐続光(つぐみつ)と温井総貞(ぬくいふささだ)の二人を中心にした内紛が勃発。これ自体は講和で終わったが対立関係は続き、この二人を中心にした「畠山七人衆」体制の中で大名である義続は実権を失っていった。両者の争いは義続が引退して義綱に代替わりした後になって続光が国の外へ逃れるという形で一時決着した。続光は逆襲のため国内へ舞い戻ったものの、再び敗れて越前へ逃れた。この時、七人衆から遊佐氏の人間が排斥され、温井派の力が強まった。→義綱が父と共に総貞を謀殺すると、…

全国のお城ガイドの情報をまとめたい 〜さらにいうと簡単に申し込めるようにしたい〜

…いるため、七尾城での遊佐続光の行動に代々の守護代家としてのプライドという解釈を加えたり、(一般的に本多氏の印象が強い)丸岡城において有馬誉純(なずみ)を中心人物に取り上げることができたのは、ガイドの方との会話がきっかけになっていることも多いです。 10年後も現地ガイドを依頼できるようにするには とはいえ先の松江城のケースのように、現地ガイドの存続は危機的状況にあります。人手不足でボランティアガイドが成り立たないのであれば、彼らのトークを録音・撮影して残しておき、それをスマホの…

七尾城 上杉謙信の猛攻に耐えた城

… 一方の七尾城では事態が急変している。伝染病が広まっており、城主の畠山春王丸をはじめ、多くの者が病死してしまった。城主不在の城は、長綱連によって死守されたが、謙信の策略が城を揺るがす。謙信は以前から親交のあった能登畠山氏の家臣・遊佐続光に密書を送り、領地を与える条件で味方につけた。続光はクーデターを起こし、長綱連の一族を100人あまり殺したと伝えられている。いかに堅牢である七尾城であっても、内部が崩壊してはひとたまりもなかった。こうして城は落城している。 kojodan.jp

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