攻城団ブログ

日本の歴史をまるごと楽しむためのブログ

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お城や戦国時代に関するいろんな話題をお届けしていきます!

17.天守の屋根の素材

今回は天守の屋根に使われていた素材についての解説です。多くの天守はいわゆる瓦ですが、なかには銅板などの金属を使ったものや、石を使ったものもありました。こうした素材のちがいによって天守の見た目に個性が生まれるわけですね。

京都文化博物館の総合展「明智光秀と戦国京都」にいってきました

京都文化博物館で開催されている総合展「明智光秀と戦国京都」を見に行ってきました。

長谷堂城 最上氏を守った堅牢な城

「関ヶ原の戦い」の際は「九州の関ヶ原」や「東北の関ヶ原」など全国各地で家康陣営と三成陣営が戦っていましたが、この長谷堂城を巡る攻防が「東北の関ヶ原」と呼ばれています。

16.天守の屋根の形式

今回は天守の屋根についての解説です。姫路城や名古屋城の天守を見ると屋根の構造が複雑になってると思いますが、入母屋造や切妻造はそのまま入母屋破風、切妻破風と破風の名称にもなってますね。

七尾城 上杉謙信の猛攻に耐えた城

七尾城は訪問した人の満足度が高い名城ですが、上杉謙信を撃退し、のちに攻め落とされたという歴史がその価値をさらに高めている気がします。

15.天守の出窓

今回は天守にある出窓についての解説です。現代建築では出窓は採光目的や部屋を広くするためにつけられることが多いようです。ネコも喜びます。

斎藤道三と高政の関係が怪しくなっていた頃、信濃は武田信玄の手に落ちようとしていた

明智光秀が斎藤家に仕えていた頃、美濃から東にある信濃・甲斐では武田信玄の勢力が拡大しつつありました。信玄が越後の上杉謙信と戦った「川中島の戦い」のうち山本勘助らが討死したのは四度目(=永禄4年)で、これは「桶狭間の戦い(永禄3年)」の翌年に…

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二見書房から発売された「名城の石垣図鑑」を5名の方にプレゼントします!

14.天守の窓の種類

今回は天守を装飾する窓についての解説です。華頭窓は知ってましたが、連子窓というのは知りませんでした。

鉢形城 復讐のために造られた城

鉢形城というと北条氏邦が城主のイメージが強いですが、それより前に長尾景春がこの城を拠点に太田道灌と戦っています。

小諸城 織田家の凋落を見ていた城

小諸城は「天正壬午の乱」の幕開けともなった城です。北条家に敗れた関東御取次役・滝川一益がこの城から伊勢に逃げ帰ったため、支配者不在となり、徳川家や真田家を巻き込んだ争乱がはじまりました。

13.天守の外壁と意匠

今回は天守の外壁の意匠についての解説です。金沢城のなまこ壁は有名ですが、城郭だけじゃなく街中でも目にすることがありますね。

攻城団でお城めぐりの傾向を可視化してみる

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12.壁の種類

今回は天守の色のちがいを決めることになる外壁についての解説です。よく豊臣系=黒、徳川系=白といわれますが、これはまちがいで名護屋城や聚楽第など秀吉自身も白い天守を築いています。

斎藤道三と高政の親子がギスギスしていた頃、関東では北条家が圧倒的優位に立っていた

明智光秀が主君・斎藤道三と学友・高政の間で板挟みになっていた頃、関東地方では北条氏の勢力が一気に拡大しようとしていました。

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