攻城団ブログ

お城や戦国時代に関するいろんな話題をお届けしていきます!

【クーデターで読み解く日本史】覇王の夢を打ち砕いた三日天下の野望――本能寺の変

おそらく日本でもっとも有名なクーデターがこの本能寺の変でしょう。 明智光秀が謀反を起こした理由はわかりませんが、織田信長だけでなくすでに家督を譲られていた嫡男・信忠も同時に京に滞在していたのはまさに千載一遇のチャンスでした。

【クーデターで読み解く日本史】足利将軍家が完全に没落した瞬間――明応の政変

近年、戦国時代の幕開けとなったのはこの「明応の政変」ではないかと言われています。 家臣によって将軍が勝手に交代させられるという文字通りのクーデターは将軍権威の失墜を決定的なものとさせました。

【現在894城!】全国の御城印(お城版の御朱印)を販売しているお城の一覧

全国で御城印や御朱印風の登場記念符を配布(販売)しているお城の一覧です。随時更新中で御城印情報がどこよりも詳しくまとまっています。

【クーデターで読み解く日本史】将軍を手玉にとった六角高頼の知略――長享・延徳の乱

失墜した幕府の権威を回復するために9代将軍・足利義尚が取った行動は反抗的な守護大名への武力による征伐(鈎の陣)でした。攻撃対象となったのは近江守護・六角高頼でしたが、義尚は京に戻ることなく早逝します。 第二次六角征伐は10代将軍・足利義材によ…

「全国入城者数ランキング」についての補足動画をアップしました

2021年8月末に結果発表した全国入城者数ランキングについて、その後に熊本城の数字が判明したこともあり、補足動画を公開しました。

【クーデターで読み解く日本史】追いつめられた農民は将軍よりも強い!?――山城国一揆

応仁の乱のきっかけともいえる畠山氏の家督争い、すなわち畠山政長と畠山義就の戦いは長期化し、多くの農民が苦しんでいました。 そこで農民たちは一揆を結成すると、両陣営を立ち退かせることに成功したのです。

【クーデターで読み解く日本史】応仁の乱の種をまいた無気力将軍の大罪――文正の政変

9代将軍の座をめぐり、兄・義政から将軍就任を約束されていた義視と、せっかく生まれた我が子を将軍にしたい日野富子らが対立した結果、起きたのが文正の政変です。 富子に味方した政所執事・伊勢貞親らが追放されることになりましたが、この火種がのちの応…

【クーデターで読み解く日本史】アイヌの誇りをかけた闘争――コシャマインの戦い

日本という国の領域は時代によって変化しますが、東北からさらに北上して北海道に進出がはじまったのが室町時代だそうです。 当然、先住民であるアイヌ人との交流や摩擦が生まれるわけで、最終的には武力衝突となってしまいました。

【クーデターで読み解く日本史】父の無念を晴らすべく子が起こした騒動――享徳の乱

関東における鎌倉公方と関東管領の対立は収まらず、京の幕府はこれを収拾するために時の将軍・足利義政の弟、足利政知を新公方として送り込むのですが、事態はさらに悪化していくのです。

【クーデターで読み解く日本史】南朝の残党を隠れ蓑にした実力者の暗闘――禁闕の変

もうひとつの嘉吉の変がこの禁闕(きんけつ)の変です。足利義満に約束を保護にされた南朝方の残党が三種の神器を奪いに御所を襲撃するという事件でした。

【クーデターで読み解く日本史】土民に屈した幕府のたそがれ――嘉吉の土一揆

「嘉吉の徳政一揆」とも呼ばれるように土一揆は基本的に徳政一揆でした。 比叡山との関係の強さは暗殺された6代将軍・足利義教が将軍就任前は比叡山延暦寺のトップである天台座主だったことからもわかりますね。

【クーデターで読み解く日本史】謀殺将軍にふりかかった謀殺の罠――嘉吉の乱

足利義教は多くの有力守護大名の家督相続に介入し、また粛清もしたため「万人恐怖」と呼ばれました。その義教が赤松満祐によって暗殺された際も「自業自得」と記録されたことから当時の人たちにとってもよほどの異端児だったのでしょうね。

【クーデターで読み解く日本史】関東管領への反発が招いた公方残党の結集――結城合戦

鎌倉公方・足利持氏は幕府軍に敗れたものの、そのまま関東が幕府の支配下におさまることに不満をいただいた勢力が蜂起したのが結城合戦です。結城氏朝が遺児を担いで反旗を翻しましたが、幕府軍に討伐されました。

【クーデターで読み解く日本史】鎌倉公方の夢の先には戦国の扉あり――永亨の乱

関東に支配権を延ばそうとする幕府(将軍・義教)と鎌倉公方・足利持氏が衝突するのは自然なことでしたが、持氏としてはくじ引きで選ぶくらいなら自分を将軍職にと思うのも当然でしょうね。 結果として関東ではこのあとも戦国時代に入るまで混乱がつづきます…

【クーデターで読み解く日本史】守護打倒を夢見た国衆たちの蜂起――播磨の国一揆

国一揆の始まりとも言われるのがこの播磨の国一揆です。 播磨守護・赤松満祐の軍兵を追い落とすという事態に発展しましたが、守護代浦上氏らによって鎮圧されました。

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