攻城団ブログ

お城や戦国時代に関するいろんな話題をお届けしていきます!

枡形虎口 の検索結果:

城葱さんの「城もなか」道中記【鳥取・島根編】

…きます。まずは二の丸枡形虎口がお出迎え。美しすぎる方形がはっきりわかる枡形は眺めただけで何か清々しい気持ちになりました。枡形を抜けて階段上部から枡形を眺めるのが特にいい。そこからはテニスコートとなっている二の丸を抜け、曲がりくねった坂道で山を登ります。 尾根までくると、登り石垣と内膳丸のある右側と本丸のある左側に分かれています。まずは本丸を落とそうと左へ。段々に重なる石垣が、大迫力で現れる。山の上の幾重にも立ち並ぶ石垣は見応えありますね。また本丸を前に展望場となっていて、米子…

特別公開中の二条城西門を見てきた

…門は櫓門でありながら枡形虎口になっていないのですが(堀幅も超狭い)、これはそもそも戦うための城ではなく、天皇を迎えるために増築・改修された経緯や、その後の利用目的も諸大名や朝廷の勅使との謁見であったことを考えればわからなくもないです。 ただ反対側の裏門にあたる西門は典型的な枡形虎口となっているんですよね。(本丸の東門、西門も枡形虎口ですね) ただ裏門であることに加え、そもそも3代・家光の上洛以降は幕末の家茂上洛まで230年ほどの間、二条城が利用されなかったこともあり、城番のモ…

【お城の基礎講座】69. 城下町(じょうかまち)

…くいちがいこぐち)や枡形虎口(ますがたこぐち)などを作って厳重に守っていたのです。 まとめ 城下町は城の発展とともに発達してきました。現在でもその町割りがよく残っているところがあります。江戸時代の絵図を片手に街歩きをすると新たな発見があることでしょう。それもお城めぐりの楽しみのひとつですね。ということで、城を守る城下町というお話でした。じゃあね🖐️ このコラムが毎日メールで受け取れます 以下のページからメールマガジン(無料)に登録すれば、このコラムの第1回からメールで読むこと…

【お城の基礎講座】65. 枡形(ますがた)

…んでいきましょう。 枡形虎口(ますがたこぐち)の形 城の出入り口である虎口(こぐち)を石垣や土塁で囲った小さな広場のことを枡形(ますがた)と言います。枡とは、お米やお酒を測る方形の容器のこと。なので、基本的には四角い形になっています。枡形は虎口の最終的な発展系と言われていますが、最初は桃山時代に作られたと言われています。関ヶ原の戦い慶長5年(1600年)を契機に枡形が急速に発達しました。枡形は広くなり、城の外側に高麗門(こうらいもん)、内側に櫓門(やぐらもん)を備え、とても厳…

【お城の基礎講座】64. 虎口(こぐち)・城の出入り口

…さらに発展させたのが枡形虎口(ますがたこぐち)です。枡形虎口には内枡形虎口(うちますがたこぐち)と外枡形虎口(そとますがたこぐち)の2種類があります。どちらも共通しているのは四方を塀などで囲って、城門が二つ設置されていることです。 平入り。城壁に入り口を開けただけの出入口 食い違い虎口。通り道を屈曲させた出入口。敵はまっすぐ進めず、城内から攻撃された 外枡形虎口。城外に四角い広場のような枡形を設置。門が2か所ある 内枡形虎口。城内に四角い広場のような枡形を設置。門が2か所ある…

こーたさんの「史跡犬山城跡指定記念シンポジウム 〜史跡犬山城跡のこれから〜」参加レポート

…がっており、大手道が枡形虎口(ますがたこぐち)になっていて敵が攻めてきたら門を閉めて閉じ込められる仕掛けになっていた。 ・櫓(やぐら)の名称も、一般的には巽(たつみ)櫓などと方位を示す場合が多いが、犬山城では鉄砲櫓・弓櫓など用途を冠したものになっている。〔感想〕城主や家臣たちにとってはわかりやすくても、敵にとっては何が格納されているか筒抜けで心配にならなかったのでしょうか。 ・建造物としての遺構は天守のほか大手筋脇の石垣くらいしかないものの、犬山市の発掘調査により雑草や樹木の…

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